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大阪高等裁判所 昭和54年(ラ)482号 決定 1980年7月17日

抗告人 神戸西労働基準監督署長 西谷勇造

相手方 斉木福右エ門 外二〇名

主文

原決定主文第一項を取消す。

別紙添付文書目録(二)記載の各文書につき相手方等の本件文書提出命令の申立をいずれも却下する。

抗告費用は、相手方等の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨および理由、抗告理由に対する相手方等(ただし、相手方南、加川を除く。以下同じ。)の反論は、別紙のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  原決定理由第四、一、二、1(同決定二枚目表六行目「一、記録によれば、」から同一二行目「である。」まで、同二枚目裏二行目「1、記録によれば」から同四枚目表七行目「認められる。」まで。ただし、同三枚目裏二行目「<1>請求書は」から同五行目「文書であり、」まで、および同四枚目表四行目「あり、」から同六行目「文書で」までを除く。)を引用する。

2  一件記録によれば、

(一)  別紙添付別表記載の文書中<1>障害給付請求書、<7>申立書は、昭和五五年三月一八日現在、抗告人において、原決定により提出を命じられた関係相手方全員につき、その写を原裁判所に提出したこと、が認められるから、相手方南、同久川、同前田、同加川、同太田、同渡の右<1>の文書に対する、相手方図師の右<7>に対する、相手方森、同西の右<1>、<7>の各文書に対する、本件各申立については、その必要がもはや現存しない、というべきである。

(二)  相手方森の本件申立にかかる、右別表記載<2>ないし<4>の各文書は、現在、抗告人において所持していないことが認められる。したがつて、同人の右各文書の提出を求める右申立は、失当である。

しかして、同人の右別表記載<1>、<7>の各文書に対する本件申立が失当であること、は前叙説示のとおりであるから、結局、原決定が同人につき認容した、右の<1>ないし<4>および<7>の各文書についての本件申立は、全て失当というべきである。

(三)  叙上の認定説示から、結局、相手方等(ただし、相手方森を除く。以下同じ。)の本件申立の対象となる各文書は、別紙別表記載の<2>ないし<6>の各文書(以下、単に本件各文書という。)となる。

3  そこで、本件各文書が民訴法三一二条三号に該当するか否かについて判断する。

(一)  民訴法三一二条三号後段と本件各文書との関係

(1)  民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」とは、もともと契約関係を前提として規定されたと解されるから、そこにいう法律関係につき作成された文書というのも、当該法律関係そのものを記載したものに限られないとしても、その成立過程で当事者間に作成された申込書や承諾書等法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載したもののみをいうと解するのが相当である。

現行民訴法下において、訴訟当事者以外の第三者が文書を所持する場合、右文書を証拠として当該訴訟に提出するか否かの処分権は、一般的には、右文書の所持者に専属するところ、民訴法三一二条は、右原則に対する例外として、文書所持者と挙証者とが、その文書について同条所定の特別な関係を有するときにのみ、挙証者の利益のため、当該文書の所持者の右処分権に制ちゆうを加え、もつて、当該文書所持者と挙証者との利害を調整しようとするものと解すべきである。

現行民訴法の右の如き趣旨に鑑みるならば、同法三一二条三号後段所定の文書についても、前叙の如く、これを限定的に解するをもつて相当とする。

しかして又、文書所持者が、単に自己使用のために自ら作成し、又は第三者に作成させた文書は、例えそれに一定の法律関係に関する記載が包含されていても、右法条三号後段の文書には該当しない、と解するのが相当である。

(2)  本件各文書が本件各処分(本件労災保険給付の支給不支給の決定)の手続過程において作成された文書であること、右各文書はいずれも抗告人が当該相手方等に対する本件各処分をするために労災保険法四七条の二、四六ないし四八条、同法施行規則五一条の二等により収集作成した文書であること、は原決定認定(同決定三枚目裏一行目「本件各所持文書は、」から同二行目「であつて、」まで、同五行目「<2>症状について」から同一〇行目「である」まで。)のとおりである。

(イ) 本件各文書中前叙<3>、<4>、<6>の各文書について

(a)  右<3>調査復命書が、当該相手方等に対する本件各処分の前提事実につき調査結果を記載した抗告人所属公務員作成の文書、右<4>所属事業所の回答書が、当該相手方等の職歴職場環境等についての所属事業所の回答を記載した文書、右<6>作業現場の調査内容が当該相手方等の所属作業場の実地調査結果を記載した抗告人所属公務員作成の文書、であること、は原決定認定(同決定三枚目裏一一行目「右<3>」から同四枚目表二行目「た文書」まで、同三行目「右<6>」から同四行目「作成の文書」まで。)のとおりである。

(b)  右認定にかかる、右各文書の記載事項からすると、右各文書は、抗告人と当該相手方等との間の法律関係そのものを記載した文書に該当するとはいえないし、その成立過程で当事者によつて作成された当該法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載したものに該当するともいえない。

しからば、右各文書は、前叙法条三号後段に該当するとはいえず、相手方等の本件申立の内右各文書の提出を求める部分は、右説示の点で理由がない。

(ロ) 本件各文書中前叙<2>、<5>の各文書について

(a)  一件記録によれば、右<2>症状についての診断書は、それ自体通常の診断書の如く独立した一通の文書ではなく、抗告人から依頼を受けた関係医療機関が抗告人へ提出する意見書の一部を成していること、しかして、その内容は、右医療機関の担当医師による抗告人の求意見事項に対する医学的意見であること、右意見は、右医療機関担当医師によつて実施された当該相手方についての聴力検査の結果やその診断所見に基づくものであること、右<5>聴取書は、抗告人所属公務員作成にかかるもので、当該相手方等自身の職歴等関連事実関係の陳述を録取した文書であること、が認められ、右各文書とも、その形式記載内容から、抗告人が労災保険法施行の目的で作成させたものと推認できる。

(b)  右認定に基づくと、右<2>、<5>の各文書は、抗告人が、本件処分の資料として内部的に使用する目的で、即ち自己使用の目的で、作成させたもの、と認めるのが相当である。

しからば、右各文書は、この点で、前叙法条三号後段に該当するとはいえず、相手方等の本件申立の内右各文書の提出を求める部分も、理由がない。

(二)  民訴法三一二条三号前段と本件各文書との関係

(1)  民訴法三一二条三号前段該当の文書とは、後日の証拠のために挙証者の地位や権利ないし権限を証明するため作成された文書および挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書をいう、と解するのが相当である。

(2)  本件各文書の内容については前叙認定のとおりであるところ、右説示に基づくと、右各文書が右法条三号前段に該当するとの点は、これを肯認することができない。

(3)  しからば、相手方等の右各文書の提出を求める本件申立は、右説示の点からも、理由なしというほかない。

4  以上の次第で、結局、相手方等の本件申立は、当事者双方のその余の主張につき判断を加えるまでもなく、叙上の認定説示の点で全て理由がないことに帰するから、これ等を却下すべきである。

したがつて、これと結論を異にする原決定は一部失当であり、本件抗告は、理由がある。

よつて、原決定主文第一項を取消して、別紙添付文書目録(二)記載の各文書につき相手方等の本件文書提出命令の申立をいずれも却下し、抗告費用は相手方等に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 大野千里 島田礼介 鳥飼英助)

(別紙)文書目録・別表<省略>

(別紙)

即時抗告の趣旨

一 原決定一項を取消す。

二 申立人(原告ら)の文書提出命令の申立を却下する。

との決定を求める。

抗告理由

一 抗告人の抗告理由は次のとおりである。

1、 原決定は、文書の必要性についての判断を誤つている。

(一) 原決定は、文書の必要性に関する判断を要証事実との関係でしか捉えていない。しかしながら、民訴法の文書提出命令の規定が文書の範囲を制限しているのは挙証者と所持者の利益を衝量しながら所持者の真実発見の要請に協力する義務を定めているからに他ならない。従つて他の証拠方法が存在する場合や、他の方法によつて証拠資料を収集することができる場合にまで文書提出命令という形式での立証方法を許容するものでないことは明らかというべきである。

また、民事訴訟は証拠の収集提出については弁論主義を採用し当事者の努力と責任において真実発見に努めることを原則としている。したがつて、訴訟の当事者に他に立証方法がある場合には、第三者に対して文書の提出を求める必要性と利益はないといわなければならない。即ち、文書提出命令の対象となる文書の必要性は他の証拠方法との関連においても判断されなければならないのに原決定はこの点について全く判断をしていない。

要証事実と関係があるというだけで、安易に立証のために必要なものということができると判示しているが、このような挙証者の安易な態度は許されない。

(二) 本件事案に即して各文書の必要性を検討してみる。

(1)  症状についての診断書

これは、医師がカルテに基づいて作成した文書であるから、カルテに基づいて医師に証言を求める方法が存在し、より具体的な事実が把握できる方法でもある。

そのほか、抗告人は障害給付請求書裏面に記載された診断書を提出しており現在でも診断は可能であると考えられるから前記文書の特段の必要性は認め得ない。

(2)  所属事業場の回答

右文書は、被告あるいはその下請先が作成した文書であるから、文書の内容については被告において明らかであると思われるから、被告に写しの提出を求めるか回答内容について釈明を求めれば十分であつて、抗告人に提出を求める必要性はない。

(3)  聴取書

本件の場合は、原告らに対する聴取書であるが、この内容は文書提出によるまでもなく原告ら自身によつて十分に立証しうるところであるから特段の必要性を認め得ない。

2 原決定は文書の性質及び記載内容について事実を誤認している。

原決定は調査復命書及び作業現場の調査内容と題する文書(以下復命書等という。)はいずれも事実及び調査結果を記載した文書と認定しているが、右文書はいずれも調査担当者が、事実関係の調査の結果に基づき、自己の意見及び評価を処分権者である署長に具申する文書であつて事実のみを記載する文書ではない。

実際の支給手続においては、労災給付の原因となる事実関係については、できうるかぎり申請者の申立書や事業所作成の文書、診断書等調査者以外の者が作成した客観的な証拠によつて把握することとされており、右のような客観的な証拠が得られない事実については、調査担当者が直接事実関係について記載することもあるが、このような場合でも、調査者の認識、評価を通して知りえた事実を記載しているものである。以上のとおり主要な事実は復命書等以外の客観的な証拠で把握されているのである。

したがつて、復命書等は調査担当者及び処分権者の判断過程及び判断内容そのものを記載した文書というべきで、このような意見や評価内容を記載した文書は証拠価値の点でも疑問である。

さらに、復命書は決裁手続に回付されるので各担当者の意見が付され、この点でも判断過程そのものを示す文書といいうる。(稟議書については文書提出の申立が却下されている。仙台高裁昭和三一年一一月二九日決定。)

3 原決定は、民訴法三一二条三号後段の法律関係文書の解釈を誤つた違法がある。

原決定は、右法律関係文書の範囲について「挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書にとどまらず、その法律関係に関係し、その前提となる事実を記載した文書をも包含するものであるが……いずれにしても右法律関係の形成のために収集作成されたものであることを要する。」と判示しているがこれは、法律関係に何らかの意味で関連さえあれば文書の範囲に制約がないかの如く、文書の範囲を極めて広く解しているもので、民訴法三一二条各号が提出を求めうる文書について厳格な制約をしている趣旨を全く没却するものである。

すでに法律関係について作成された文書とは、法律関係に関係のある事項を記載した文書ないしは、その法律関係の形成過程において作成された文書をも包含すると解すべきという決定例(高松高裁、昭和五〇年七月一七日決定、伊方原発訴訟)もあるが、右決定はその中で「行政処分の取消を求める抗告訴訟において前記のように解しても」という説示をしており、行政訴訟であるという前提のもとで判断しているもので、全ての民事訴訟において法律関係の形成過程において作成された文書について全て提出を求められるか否か極めて疑問があるといわなければならない。

また、右条項の解釈について文書の範囲を極めて広く解したとされる決定例としては、東京高裁、昭和四四年一〇月一五日決定(いわゆる家永教科書訴訟。)があるが、この決定例も行政庁の処分によつて損害を被つたとして、損害賠償を求めた事案であり、行政手続の適否が争われたものである。

この決定例は、前記高松高裁決定例とは異なり、検定手続に関して作成された文書でも、作成が法令上の義務によるものでなければならないという絞りがかけられている。そして、右のような絞りをかけたうえで、行政手続に関係して作成された文書について文書提出を認容した根底には、明らかに行政手続そのものが争われているという理由がうかがえるのである。

しかるに、原決定の前提となつているのは、私人間の民事訴訟であり、行政手続の適否はなんら問題とされていないのである。このような場合にまで訴訟外の第三者である行政庁に対し、行政手続において作成された文書の提出を無制限に求められるとする解釈には誤りがある。

4 原決定は文書の所持者の利益及び文書を提出することによつて失われる公益について誤認している。

(一) 原決定はまず本決定が訴訟外の第三者に対する文書提出命令であることに鑑み、所持者の利益にも十分考慮を払うべきであるにもかかわらず原告らが自らその文書の提出を求めている以上とか労災補償は労働者のための手続きであるとか行政運営上多少の不都合があり得るとしても………として所持者の利益あるいはこれが保護されることによつて得られる公益について一顧だにしていない。

本件事案のように労働者から文書提出を求める場合ばかりではなく事業主から文書提出を求めた場合もあり得るし、労働省及び労働基準監督署設置の一般的な目的が労働者の権利の擁護にあるとしても、個々の処分や職務の遂行全般において労働者、事業主両者に対し公正であり中立であることが要求されているものである。しかるに原決定はこのような実体の一側面しかみていない。

また労働災害について適正な補償をするべく労働者災害補償保険法は行政庁の官吏に対し質問検査(同法四六、四七、四七条の二、四八、四九条)の権限を与え、この質問検査に応じない者に対しては罰則をもつて対処しうることになつている(四七条の二については罰則なし)。このようにして収集作成した行政手続文書は各陳述者の秘密あるいはプライバシーの保護の前提でなり立つているものである。従つて労働者災害補償に関する行政手続以外の目的で使用することは原則として許されない。しかも労働者あるいは事業主のどちらか一方の利益のために提供することも許されない。また労働者あるいは事業主以外の者から収集した文書(事実)の場合もありうる。このような文書(事実)を提出(公開)することは全く信義に反することである。

(二) さらに行政庁がこのようにして私人間の民事訴訟において常に文書の提出を義務づけられていくとするならば質問検査権を行使したところで労災給付の前提となる事実関係について真実を把握することができなくなる恐れがある。

即ち関係者が行政機関の公平、中立を信頼し積極的に協力を得られているところ本件のような決定によつて、これらの書類等が第三者の争いの場に公開されるときには、この種の争いにかかわりあることを懸念したり様々な事情で真実を述べてくれなかつたり適切な協力が得られなくなる恐れがあることは明らかであり、このことによつて適正な補償をするという大きな公益が害されることになる。

(三) 文書の提出義務についても民訴法二七二条二七三条二八一条一項一号三号の類推適用があることは今日では通説的な見解であるところ、労働基準監督官については労基法一〇五条で個別に守秘義務が規定されている。

仮りに挙証者との関係では守秘義務がなくなるとしてもそれ以外の者との関係では守秘義務は負つているのであるから、症状についての診断書、所属事業場の回答、作業現場の調査内容については明らかに守秘義務を負つているものであり、この義務は民事訴訟の真実発見の要請に劣らない同等の公益に直結するものである。

(四) 最後に本件事案は訴訟外の第三者に対する文書提出命令であるという点でも特異性がある。

御庁大阪高裁昭和五三年九月二二日決定(多奈川第二火力発電所事件)は同じく訴訟外の第三者に対し文書の提出を命じた事案に対する判断であるがこの決定では、行政訴訟において行政庁が所持している文書について提出を求めることについてはこれを肯定しながら「しかしながら右以外の通常の民事事件一般について広くこれを認めることは--前示のように文書の所持者が訴訟の当事者となつている場合は格別--現行民訴法が文書の限定を通じて文書所持人者と挙証者との利害を調整しようとする趣旨に悖り提出命令を求める文書の範囲を際限なく拡大することになるので許されない」と判示している。

この理はまさに本件にも該当するものであり、同様の理由により原決定は違法である。

抗告理由の補充

一、抗告人は既に即時抗告申立書において抗告理由を主張しているところであるが、更に文書提出を命じられている各文書ごとに不服の理由を補充して主張する。

1 障害給付請求書

右文書は送付嘱託によつて既に提出済であるが、被抗告人南、久川、前田、加川、太田、渡、森、西に関する右文書については送付嘱託がなかつたため提出する機会がなかつたものである。

また、原決定手続に際しても抗告人は右文書については提出する用意のあることを意見書の中でも明らかにしていたのであるから送付嘱託あるいは任意に提出を促す等の方法によらず制裁を伴う決定という形で提出を命ぜられることは不服である。しかしながら抗告人は即時抗告の申立と同時に右の者らに対する右文書は提出した。

2 症状についての診断書

右文書は抗告人が労災法四七条の二、四九条に基づいて収集したものであつて、その内容は診察時(労災給付申請時以降)の検査結果、及び医師の所見が記載されているものである。

右のように、労災給付の目的で提出を命じている文書(労災法五三条には制裁の規定もある)であるから提出させた目的(行政手続)以外に使用する場合、あるいは第三者に使用させる場合は行政庁と文書作成者(提出者)との信頼関係あるいは文書作成者の秘密および権利擁護の見地から同人の同意を得て提出すべきものといわなければならない。

したがつて、文書作成者の同意が得られれば抗告人は任意に提出する用意がある。

3 所属事業場の回答

右文書の作成者(提出者)は被抗告人松田、井村、西垣、南、太田、渡、森については被告三菱重工株式会社(以下三菱重工という)であり、その余は三菱重工ではない。その余の作成者は被抗告人が三菱重工退職後再就職した事業場であり、その内容は

<1> 当該労働者の職歴、職種及び従事期間

<2> 当該事業場の騒音測定資料(退職している場合は保管している資料のうち退職時に近いもの)

<3> 当該労働者の在職時及び退職時の聴力測定資料

のほか聴力以外の健康診断の結果が記載されているものもある。

騒音の測定は三菱重工の下請の事業場である場合は三菱重工の職員が実施したものであるから、右測定値に関するかぎり三菱重工にその原資料は存在するものと思われる。

右文書も労災給付という行政手続のために収集したものであつて行政目的以外に使用する時は原則として提出者の了解を得なければならないものと解する。

右文書も文書作成者の同意が得られれば任意に提出する用意がある。

4 調査復命書

右文書は行政庁の最終段階の内部書類、即ち障害等級の認定についての決裁文書となるものである。その内容は、<1>給付申請者の自訴、<2>聴力検査の測定値、<3>医師の所見、<4>調査官意見、の各欄に分かれており、右<1>は労災給付申請者の申立書から申立の内容を要約して記入し、<2>は医師の診断書から書き写すものであり、<3>は医師の診断書を添付するものであり、<4>は調査官の意見や評価を記入しているものである。但し、昭和五三年以降は右文書の様式を兵庫労基局独自の様式に改正し、事業場からの回答文書に基づいて事業場の騒音測定値を記入する欄を設け、また調査官意見はa~iまで例文が印刷されることになつたので該当部分に〇を記載する様式に変り、特記意見があれば記入することになつている。

このように復命書は労災給付手続で収集した資料を整理し、内部的に意見を具申している文書であつて専ら意見や評価を記載した文書というべきで、民訴法三一二条一項三号後段に該当する文書ということはできない。

なお、仮に復命書が提出させられ調査官意見あるいは他の内部意見が外部に公表されるときには個々の調査官に対し予断をいだかれる可能性もあり、また個人攻撃を受けたり、他の事件の調査に多大の支障を生ずるので提出できない。

5 聴取書

右文書は申立人作成の申立書が不備であつたり、提出されたその他の資料によつても事実関係が判明しない場合に申立人本人あるいは第三者から聴取して調査官が作成する文書である。

本決定で提出が命ぜられているのはいずれも申立人本人の聴取書であるから第三者の聴取書と区別して考えられなければならないが、聴取書は申立書と異つて作成者は調査官である。その内容は本人によつて十分に再現可能であり、文書提出の必要性がないといわなければならない。

ことに被抗告人図師については労災保険の不支給決定処分の取消を求めて同人から労働者災害補償保険審査官(以下単に審査官という)に対し不服申立がなされ(労災法三五条)、審査官は決定書において右聴取書等決定の根拠となつた資料の写しを交付しているから、被抗告人自身から提出が可能である。

以上のとおり必要性が全くない。

ちなみに、審査官に対する不服申立手続においては、行政不服審査法第二章一節二節(一八条及び一九条を除く)及び五節の適用も排除されている(労災法三六条)ので、審査官が根拠資料を全て審査請求人に交付する義務があるとは解されないが、不支給決定手続を担保し、審査請求人に十分に攻撃防禦を尽させるために不支給決定の根拠となつた資料を交付することがある。

しかしこれは不支給決定処分自体が争われる場合であるから原処分という行政手続の延長線上で文書が使用されるということであつて、依然行政手続のために使用されるといわなければならない。

したがつて、原処分に対する不服申立手続において資料が公開されることと、私人間の民事訴訟のために文書を提出することは同視すべきではない。

6 作業現場の調査内容

右文書は申請人の申立書では作業現場の騒音状況が判然としなかつたため調査官が自ら調査した内容を記載したものである。その内容は

<1> 支給手続における処理の経過

<2> 上級官庁との連絡の経過

<3> 申請時に就労していた作業現場の騒音測定を事業場に命じ提出させた測定結果

<4> 調査官意見を記載

しているものである。

右内容のうち<1><2><4>はいずれも労災支給という法律関係の前提となる事実関係を記載したものではなく、調査官の意見や評価を記載したものというべきであるから右部分については文書提出の義務はない。

<3>は被告事業場の測定値ではなく、被抗告人らが退職後就職した事業場の測定値であるから右事業場の同意なくして測定値を明らかにすることはできない。

一般に騒音事業場は保存期間の定めはあるものの測定資料の保存を義務づけられている(安全衛生法六五条、安全衛生規則五九一条)から、むしろ当該事業場に提出を命ずるべきである。

まとめ

前述の如く、抗告人は第三者として各文書について文書提出の義務を負うものでないことを述べたが、診断書等第三者作成の文書及び第三者から回答を得た内容は次のような事情で明らかにすることができない。

労災保険の支給手続においては、まず、労働者、事業場の申立をきき、事故の内容を正確に把握しなければならないところ、雇用の関係、作業の内容等そのほとんどが複雑多岐にわたり任意に調査しなければ事故の概況すら知ることが出来ない。

調査官は調査権を発動して職権でも調査できるが、しかしながら作業現場の関係者や同僚の労働者あるいは専門家、同種の事業場の関係者等から任意に調査に協力してもらい、事故の原因等事故の内容を把握しているのが実際の手続である。

それは強制調査より任意調査がはるかに有効なものであり収穫も大であるからである。

労働関係という人間のおかれたさまざまな状況を把握する方法としては物自体によることもできるが、人の供述や識見を利用した協力がなくては全くなりたたない。しかも、手続は迅速に行うことが期待されているのであり、第三者の協力は全く不可欠なものである。

したがつて、このようにして作成収集した資料を公開する時には抗告人はその信頼を失い、今後労災手続に第三者からの協力を得られなくなることは明らかというべきである

即時抗告申立に対する意見書

本書面では、本年九月一四日付即時抗告状に対しての被抗告人の意見を明らかにしたい。文書提出命令制度についての被抗告人の主張はさらに、補充意見書によつて明らかにする。

第一、抗告の理由に対する抗告人の意見要旨

一 抗告人は理由1で原裁判所が文書の必要性について判断を誤つているとし、同1(一)において、原裁判所は、「文書の必要性に関する判断を要証事実との関係でしか捉えていない。」と主張するが、これは、本件の本案審理の経過を全く無視し、しかも原決定をまともに読んでいない、きわめて偏頗かつ独断的議論と言わなければならない。

原決定の本案事件は、被抗告人らが、三菱重工業株式会社を被告として、被抗告人らの職業性難聴性罹患について被告の安全衛生配慮義務違反を理由に損害賠償を求め、昭和五二年に提訴したもので、原決定の本年九月までに、十数回の口頭弁論期日が行われ、昭和五三年八月には、被告三菱重工業株式会社神戸造船所の現場検証が行われ、その後、滋賀医大の渡部教授外の証人尋問も行われている事は、一件記録により明らかである。さらに審査の過程で被告三菱重工業株式会社は、被抗告人らの職業性難聴罹患について、抗告人の労災保険の業務上の認定にかかわらず「抗告人の業務上認定の判断過程に疑問がある」として、被抗告人らの従事した業務と、難聴罹患の因果関係を争つており、本件審理の最大の争点になつていること、業務上の認定についての立証として、被抗告人らが本件文書の送付嘱託を行い、原裁判所の送付依頼に対し、抗告人が本件文書の送付に応じなかつたことも、一件記録から明らかである。

原裁判所は、二年間にわたる審理の経過に鑑み、本案の最大の争点・当事者の主張および、対応・抗告人の主張や利益、その他一切の事情を考慮して、本件決定を行つたものであり、文書提出命令制度の規定の趣旨を十分吟味検討の上なされたものであることは、原決定書を一読すれば明らかである。

二 抗告理由1(二)(1) について

抗告人は、抗告人嘱託医師の症状についての診断書について、カルテに基づいて証言を求める方法があると主張するが、抗告人は右嘱託医師の氏名・所属も明らかにしない。抗告人自身が、嘱託医師の氏名・所属を被抗告人らに明らかにせず、かつ、右医師に診断結果について本件審理において証言するのを許可しない(証言には、抗告人らの許可が必要であろう)カルテの提出についても同様の問題が存する。にもかかわらず、カルテにもとづいて証言を求める方法があると主張するのは、信義に反すると言わなければならない。

次に、抗告人は被抗告人の主治医の診断書あるいは診断が可能とするが、本件では、前述のとおり、被告三菱重工業株式会社は、抗告人の業務上認定の判断過程に疑問があるとしており、嘱託医師の抗告人の業務上認定作業過程での診断書は、抗告人の右判断の重要な資料である。そうだから、主治医の診断は、本件審理上抗告人嘱託医師の診断書とは、証拠価値も格段の差があるばかりか、「抗告人の業務上認定の判断過程の疑問」については、主治医の診断書および診断が、最適の証拠と言えないことも明らかである。

三 抗告理由1(二)(2) について

抗告人は「被告抗人らの所属事業場の回答は、被告に写しの提出を求めるか、回答内容について釈明を求めればよい。」とするが、被告に三菱重工業株式会社にいかなる法律上の根拠をもつて釈明を求めうるのか、教えてもらいたいものである。そして、この点については原裁判所の判断に際し、十分検討済である。被告三菱重工業株式会社は、原裁判所の口頭弁論期日において、被抗告人が右回答の写しの提出を要求したところ、「右回答を抗告人に提出したものの、その写しは、残しておらず、手元には、全く資料はない」と明言しており原裁判所は、右事情をふまえて本件決定を行つているのである。

四 抗告理由1(二)(3) について

抗告人は、聴取書は抗告人ら本人自身によつて十分立証しうるとしているが、これも全く誤りである。

聴取書は、抗告人所属の事務官が職務上作成したものであり、労災の業務上認定には欠くことのできない文書であることは言うまでもない。

また、被抗告人本人の尋問が行われたとしても、それが、聴取書作成時と同一のものであること、担保することは説問方法の違い、さらに、老令である被抗告人らの記憶力の減退により不可能であり、しかも、証明力においても、公文書たる聴取書と被抗告人本人尋問(補充的なものであることは民事訴訟法条文に明記してある)には格段の差があり、業務上認定作業の際聴取書作成された者の中には、すでに死亡したもの(被抗告人渡の夫渡利男、被抗告人加川留吉・昭和五四年死亡)もおり、それらの者にとつては、唯一の証拠と言えるのである。

五 抗告理由2について

抗告人は、復命書等は、意見・評価を記載した文書なので証拠価値として疑問であるとしているが、これは事実をねじまげ、二重に誤つた主張である。

まず、たびたびこれまでも述べてきたとおり、被告三菱重工業株式会社は、被抗告人らの難聴罹患と業務の因果関係を争い、抗告人の被抗告人らに対する「労災業務上認定の判断過程に疑問がある。」とつとに主張しているのであり、本件文書(復命書等)は、それについてもつとも、ふさわしい証拠方法であることが明らかである。次に、本件文書(復命書等)には、担当者が、その業務遂行に関して諸種の調査を行い、収集し、知覚して得た事実一切を記載していることは、被抗告人が別添した疎明資料においても明らかであり、本件文書(復命書等)は、刑事々件における捜査復命書等と比較しても、広汎かつ詳細な事実の記載された文書である。

最後に、抗告人は、出典不明の仙台高裁昭和三一年一一月二九日決定が、禀議書の文書提出の申出を却下しているとするが、禀議書は、主として「意思の確認」のための文書であり、事実記載を主として行う、本件文書(復命書等)とは全く性質を異にするものである。

六 抗告理由3について

抗告人は、原決定が、「法律関係に何らかの意味で関連さえあれば文書の範囲に制約がないがごとく文書の範囲を広く解している……」としてあたかも原裁判所が、文書の範囲について何ら検討も加えず、無限定に文書提出を求めていると論難するが、全くのいいがかりにすぎない。

抗告人と被抗告人の労災保険上の関係は、契約関係そのものである。すなわち、被告三菱重工業株式会社が労災保険の加入者であり、保険者は、抗告人そして、保険金受給者=被保険者は被抗告人という関係になり、保険事故が生ずれば、被抗告人あるいは、その遺族の労災保険給付請求権は具体的な給付請求権となるのである。ただ、保険者がこの場合、労働者災害保険法により保険者が抗告人となつているため、民事上の契約関係ではなく公法上の契約関係とされるのであり、その契約上の権利の存否の判断の唯一の資料が本件文書であり、本件文書以外、右契約上の権利を明らかにするものは、存在しないのである。それだから、権利者たる労働者が抗告人の労災保険の給付に関する決定に不服申立をした場合、抗告人は、不服申立についての審理には、本件文書を全て明らかにし、不服申立の審理の判断の資料とするのであり、抗告人・被抗告人間の契約上の権利を手続的に保障するのに必要不可欠な文書で、労災保険受給者の手続保障の権利にもとづくものと言える。このように、原裁判所は、厳格な制約のもとに、本件文書の提出義務を認定しているのであり、文書の範囲が無限定などという非難は全くあたらないのである。

また、本件本案の審理は、労災保険の給付に関する行政訴訟でないのは言うまでもないが、これまで繰り返し述べてきたとおり、被告三菱重工業株式会社が、抗告人の業務上認定の過程を争うことによつて被抗告人らの業務と、難聴の因果関係を争つているのだから、その立証に最も重要な証拠方法が本件文書であることは明白である。また「民事訴訟において行政手続の適否は何ら問題にされていない」(抗告人主張)のではなく、まさに、本案訴訟において、抗告人の行つた行政手続の適否が、問題にされているのであり、それだからこそ、原裁判所は文書提出を命令したのである。

七 抗告理由4(一)について

抗告人は、原決定には「文書所持人の利益が一顧だにされていない」とか、本件文書を公開することが、信義に反することであると主張するが、原決定を全く読んでいない主張としか考えられない。

原決定は、抗告人が口先では公益を害すると称しながら、何らの疎明もしていないと明解に指摘しているが、被抗告人別添の疎明資料で明らかなとおり、これまで、抗告人その他兵庫県各労働基準監督署長はそれぞれの訴訟の際、裁判所の嘱託に応じ、本件文書と同種の文書を提出しているし、弁護士法にもとづく照会に対しても、文書の送付を行つている。しかも、これらの事例において公益が害されたとか、当事者の信義に反したとかの問題が惹起したことは一度たりともなかつた。さらに、前述したとおり、抗告人は、労働者が、抗告人の労災保険に関する決定に不服を申立てた場合には、右に関する文書は、労働者に一切明らかにしているのである。現実にはこのような態度をとりながら、本件に関してのみ「文書を公開することは全く信義に反することである。」と主張するのは、本件裁判の審理上信義に反しないのであろうか。公正を旨とすべき行政庁のあり方としてもいかがなものかと思われる。

また、抗告人は、本件文書を一方の利益のために提供することは許されないとするが、本件文書は抗告人のもとで公正に作成されたものであり、それが当事者に利するか否かの問題でなく、真実追求のために利するものが提出を求められるのであり、一方の利益のためという抗告人の主張は、本件文書が、被抗告人の利益になり、被告三菱重工業株式会社の不利益になるから文書提出に応じられないかのような前提に立つているが、あまりに、被告三菱重工業株式会社の利を慮つた主張といわなければならない。また、提出された証拠が当事者双方にとつて有利にも不利にも心証をとりうるのは今さらいうまでもない。

八 抗告理由4(二)について

抗告人は、文書提出をすると質問検査に当事者が応じず「真実をはあくすることができなくなる」と主張するが、抗告人が労基法、労安法などによつて与えられている強制力をも伴う監督の権限が、本件文書提出の有無によつて左右されたり消滅したり、行使に困難を来すほどのものとは信じ難い。本件について、被抗告人ら労働者は、抗告人に最大限協力を惜しまない。被告三菱重工業株式会社ら使用者が、質問検査権の行使に応じず、真実を述べないとすれば、それは、もはや文書提出の適否の問題でなく、被告三菱重工業その他使用者の遵法精神の問題で、本件審理にそのような主張を持ち出すのはおかど違いもはなはだしい。最後に、抗告人は、当事者以外の第三者が本件のような「第三者の争いにかかわりあうことを懸念したり……適切な協力が得られなくなる恐れがあることは明らかであり、」と主張するが、本件で想定される唯一人の第三者は、抗告人嘱託医師であるが、抗告人は、抗告理由1(二)(1) で「証言を求める方法がある」と、同人を第三者の争いの場に公開させることができるから、本件文書の提出の必要性はないと主張していることを忘れたのであろうか。語に落ちる主張である。

九 抗告理由4(三)について

七で詳述したとおり、この種の文書は、これまでも「公開」されており抗告人の主張は全く理由がない。

一〇 抗告理由4(四)について

抗告人は、貴庁昭和五三年九月二二日決定を引用し、あたかも、本件文書提出が「文書の範囲を際限なく拡大するので許されない」と主張するが、引用の間違いである。すなわち、右決定における文書は、大阪府が訴訟原告とは関係のない広汎な地域住民を対象に調査した結果を記載した文書の提出を求めているのであり、確かに文書の限定がないものと言わなければならない。ところが本件において提出の求められているのは、抗告人が、被抗告人について調査した結果を記載した文書であり、厳格に限定されたものである。抗告人の主張は、例えば、被抗告人が抗告人に対し同人が、他の造船所の他の労働者について調査した結果を記載した文書を提出するよう求めた場合にのみ妥当するのである。

一一 以上のとおり、抗告人の主張には全く理由がない。また、文書提出を命じた原審の決定には何らの違法な点は見当らない。

即時抗告申立に対する意見書 (二)

一 本件意見書に添付した疎甲一九号証は、本件原審裁判所に係属している、被抗告人らと三菱重工業間の造船所における職業性難聴罹患の損害賠償請求事件と全く同じ類いの、富山地方裁判所に現在係属している日本海重工業という造船所における職業性難聴罹患の損害賠償請求事件で原告(患者)側の証拠申出である。原告(患者)はその第一項で、「昭和五一年一二月一〇日原告(患者)が労働災害補償保険法に基づき第六級の障害と認定された際の支払決定書及びその附属書類」の送付を、富山労働基準監督署に対して嘱託するように求めている。疎甲二〇~二四号証は、右申立に基づき裁判所が富山労働基準監督署に文書の送付を求め右監督署がそれに応じて提出した文書のコピーである。

本件で被抗告人が抗告人に提出を求める文書も、まさに、右文書と同じ様式のものであることは言うまでもない。

抗告人は、原審においても、本抗告審においても、いろいろな口実をもちだし、文書の提出を拒んでいるが、それらは、全くの口実であることが、右疎甲証の存在により明らかである。さらにこれらの文書が提出されたことにより、富山労働基準監督署の労働行政には何らの支障も生じていないし、公益が害されたことも一切ないことは言うまでもない。本件で、被抗告人が提出を求める文書が提出されないのは、本案訴訟の被告が、日本海重工業株式会社という中小企業ではなく、「世界の三菱」たる(株)三菱重工業であること以外に考えられない。しかしながら、法の下に平等の原則により行政を運営する抗告人には対象事業所の規模により、扱いを異にすることは許されるものでなく、これまで述べた事情からも、抗告人の主張は事実に反し全く理由がなく、文書提出の拒否は許されない。

二 疎甲第二五号証は、航空自衛隊機墜落事故につき死亡したパイロツトの家族の国に対する損害賠償請求事件において、原告(控訴人)が防衛庁航空幕僚監部に対して航空事故調査報告書の提出を求めた申立書であり、疎甲第二六号証は、東京高等裁判所が、国に対して右文書の提出を命じた決定書である。

さて抗告人は、本年一〇月二四日付即時抗告理由補充書において、調査復命書とか、作業現場の調査内容について、調査官の意見や評価を記載した部分があるから、民事訴訟法三一二条一項三号後段に該当する文書でないとするが、右の航空事故調査報告書においても、当然、航空自衛隊航空事故調査委員会の判断・意見が含まれているが、右裁判所は本案の訴訟に必要な証拠方法となるか否かで、文書提出の性質を判断して提出を命じているのであり、本件の調査復命書、作業現場の調査内容の各文書についても東京高等裁判所の判断が妥当すると言わなければならない。すなわち、右二つの文書について、調査官の意見なり、判断を文書から切り離し、その性格を論ずること自体が誤りで、右文書全体が本案訴訟に必要な証拠方法である以上当然提出しなければならないし、調査官の意見あるいは、評価も、単なる個人の感想、思いつきではなく、専門的見地から労働災害補償保険給付行政施行者としての判断・評価を行うものであり、それを記載した文書が、難聴の業務上認定に大きな役割を果している以上、本案訴訟で争点となる難聴の業務起因性の有無の判断上最も重要な文書であり、まさに、民事訴訟法三一二条一項三号後段の文書と言わなければならない。

三 抗告人は、本年一〇月二四日付即時抗告理由補充書一、2、3の文書について、提出者の同意がなければ、使用できないと主張する。しかし、これは、疎甲二〇~二四号証の存在のとおり、全くの口実にすぎないばかりか、被抗告人が本案訴訟で本件文書の送付嘱託を求め、原裁判所が、それを採用し抗告人に文書の送付を求めたのは、昭和五三年二月のことであり、その後一年以上経過した現在に至り、「文書作成者の同意が得られれば……」などと主張するのは、裁判所や、被抗告人をあまりに馬鹿にした主張と言わなければならない。被抗告人の主張が真実なら、本件文書に関する係争が御庁の手をわずらわすことはあり得なかつたのである。

また、一、2、3の各文書については、2については、その公開が診断を受けた被抗告人、3については、その公開が職種・職歴、従事期間を記載された被抗告人の利益に違背するか否かが問題となるだけで、医師あるいは、事業主には、右文書の公開を拒否する利益が存在しないのは明らかである。本件文書の提出は、被抗告人らの熱望するところであるから、当然提出されなければならない。

四 抗告人は、右補充書の末尾で、診断書等第三者作成の文書及び第三者から回答を得た内容を明らかにすると、抗告人は信頼を失い今後労災手続に第三者からの協力を得られないと主張している。しかしながら、医師が診断書の作成を拒むことができない。また、注目すべき点は、本件審理の原審において、抗告人の言う第三者たる(株)三菱重工業は、意見書を提出し、あれこれ主張しているが、仮に、本件文書が提出されたら、今後は労働行政に協力できないなどとは一切言つていないことは明らかである。とすれば、結局、抗告人のこの主張も憶測にすぎないことが解る。本件原審において被抗告人がその意見書で強調したとおり、一挙に数百人もの職業性難聴を発生させるような悪質な企業の善意を期待し、その任意の協力に待つのではなく、抗告人の有する全権を十分に行使して、事案の解明につとめることが、労働行政のあるべき姿であることは、被抗告人らの現在職業病により被つている耐えがたい苦痛を見れば疑問の余地がない。

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